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第2章「森の中の襲撃」

霧が布を引き裂くように流れ、森の中の静寂が不意に音を立てて壊れた。
フィーネリアとバステトの前方で空気が歪み、そこに赤い光を帯びた亀裂が浮かび上がる。その裂け目から現れたのは長い鎖を引きずる男――ディアブロだった。
鎖の動きに合わせて金属音が冷たく響き、彼の仮面の下から漏れる声が耳を突き刺す。

「創世の巫女よ……お前は私と共に来る運命だ。」

その言葉にフィーネリアは身を強張らせ、後ずさる。
彼の存在そのものが、この場の空気を重く押し潰していた。


~音撃の放たれる瞬間~

「ここは通さない!」

バステトが杖を掲げ、光の中に音を込めた魔力を放った。
音撃は矢のように飛び、ディアブロの胸に直撃する。
爆煙が広がり、彼の姿が煙の中に隠れる。


「やったの?」

フィーネリアが安堵しかけたその時、背後の空間が赤く光り、再び裂ける音が響いた。
振り返ると、裂け目からディアブロの上半身が姿を現し、その手がフィーネリアの腕を掴んだ。


「こっちへ来い。」

彼の低い声が森全体に響く。
瞬間、2本の鎖が蛇のようにフィーネリアの身体に絡みつき、彼女を裂け目の向こうに引き込もうとする。

「離して……!」
フィーネリアの声が震え、掴まれた腕を引き戻そうともがく。
しかし、鎖が彼女の身体を締めつけるたび、その動きはもどかしさを伴い、かえって彼女の体を強調するように絡みつく。
胸元にかかった鎖が微かに動くたびに、彼女の息が上がり、その吐息が森の静寂を打ち破る。

鎖に引かれるたび、彼女の黒い翼が揺れ、肌にかかる衣が汗で張り付く。
絶望的な状況にも関わらず、その姿は奇妙に美しく、凛とした彼女の表情と相まって見る者の目を離させない。

「いや……絶対に行かない!」
彼女の瞳は強い意志を示しているが、声にはかすかに震えが混じる。
その抗う仕草一つ一つが、彼女の無力感と、そこから這い上がろうとする決意を映し出しているかのようだった。


「スー、ライ、お願い!」

バステトが杖を振り、影の中から二匹の眷属が飛び出す。
一匹は鎖に噛みつき、もう一匹が鋭い爪で鎖を引き裂いた。

「これ以上、好きにはさせない!」

バステトは杖に全力を込め、再び音撃を放つ。
その音がディアブロの顔面に炸裂し、仮面が砕け散った。
破片が飛び散り、その下から彫刻のように整った顔が現れる。

 

~仮面の下の真実~

「……!」

フィーネリアは言葉を失い、ただその顔を見つめた。敵であるはずのディアブロの素顔が持つ異様な美しさに、一瞬だけ引き込まれる。彼の赤い瞳が冷たくもどこか憂いを宿しているように見えた。

ディアブロは仮面の破片を払い落としながら、フィーネリアを見下ろす。

「お前がこちらに来るのは、時間の問題だ。」

「離しなさい!」

バステトがフィーネリアの腕を掴むと、魔力を込めた音撃をもう一度放った。その衝撃でディアブロの手が裂け目の中に引き戻され、鎖も霧と共に消え去った。
 

「大丈夫?」

バステトがフィーネリアを支えながら問いかける。
その声には微かな疲労が滲んでいた。

「ありがとう……ごめん、私……何もできなくて。」

フィーネリアは震える声で答え、涙を拭う。

 

森は再び霧に覆われたが、その空気は先ほどよりも冷たく、重く感じられた。
フィーネリアとバステトは足を止めずに歩き続ける。
その足元に映る影が、不安定な未来を暗示しているようだった。

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