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第3章「シールの悪魔」

霧は水面に浮かぶ靄のように森を覆い隠し、月明かりをすっかり飲み込んでいた。
風が揺れる枝葉の間をすり抜け、低い笛のような音を響かせる。
静寂は深まり、森全体が息を潜めているかのようだった。

 

~静寂を破る影~

足音すら吸い込む霧の中で、不意に笑い声が響いた。それは冷たく尖り、空気に傷をつけるかのようだった。

「ははは……ようやく見つけたよ、創世の巫女。」
霧の中から姿を現したのは、一見して華やかな装いの男。
彼の持つ杖は、その煌びやかさと正反対の異質な存在感を放っていた。
杖の先にある巨大な目玉の装飾が微かに脈打ち、静かに周囲を見渡している。

 

「あなたは……誰?」
フィーネリアの声は震え、霧の中で迷子になった子供のように頼りなかった。

「私の名はルシフェル。これから君は私のコレクションの一部になるんだ。」
その言葉は、まるで手の中に捕まえた小鳥に語りかけるような響きを持っていた。

ルシフェルが杖を掲げると、空気が押しつぶされるような圧力が広がった。

空中に浮かび上がった無数のシールから、歪んだ影がゆっくりと形を成していく。

それは生きているように蠢き、巨大な咆哮と共に牙を剥いて襲いかかってきた。
 

「下がって!」
バステトが素早く杖を振り、障壁を展開する。光が怪物の牙を弾くが、その勢いは止まらない。足元の土が爆ぜ、破片が二人の間に飛び散った。

 

「さすがだね、案内役のバステト。」
ルシフェルが余裕を含んだ声で呟く。
その杖が再び光を放つと、新たなシールが浮かび上がり、そこから現れたのは長い鎖を引きずる影だった。

 

~ディアブロの登場~

「……ディアブロ!」
バステトの声が空気を震わせる。

 

影の中から現れたのは、鎖を自在に操る男。
仮面の下から覗く赤い瞳が光を放ち、周囲を支配するような威圧感が広がった。

「巫女を捕らえる。」
彼の声は低く重く、霧そのものを押し返すようだった。


ディアブロの鎖が地面を砕き、霧を引き裂く。
バステトは再び盾を展開し、それを防ごうとするが、鎖の勢いはそれを容易に越えてきた。


「こんな相手に……勝てるの……?」
フィーネリアの声は蚊の鳴くように小さく、体は立ち尽くしたまま震えていた。


その隙を突くように、ルシフェルが杖を掲げた。
空間が歪み、時間そのものが凍りつくような静寂が広がる。

「これがオーバードライブだよ。」
彼の声は時間さえも支配する神のような響きを帯びていた。

静止した時間の中、ルシフェルは杖を振り下ろし、次々と攻撃を繰り出した。
再び動き始めた時間の中で、フィーネリアとバステトは崩れるように地面に倒れ込んだ。


「終わりだ。」
ルシフェルの杖が振り上げられる。
しかし、その瞬間、ディアブロの鎖が閃き、空間をさらに切り裂いた。

「お前が本気を出すとは意外だな。」
ディアブロの声は冷たくもどこか皮肉めいていた。

「見極めているだけさ。」
ルシフェルが返すその口調には、相手への警戒が微かに漂っていた。

 

~不安定な均衡~

ルシフェルが再び杖を振ろうとした瞬間、その光が僅かに揺らぎを見せた。
空間にひび割れが走るように、その力が不安定さを露わにする。

「時間切れだな。」
ルシフェルの声には僅かな焦りが隠されていた。

「次はもっと楽しませてもらうさ。」
そう告げた後、彼はディアブロと共に裂け目へと姿を消した。

闇が去った後も、空気には二人の気配が重く残っていた。
フィーネリアはその場に崩れ落ち、震える手でヴァイオリンを握り締めた。

「私に……勝てるの……?」
その言葉は誰に届くでもなく、霧の中に溶けていった。

「簡単ではないわ。」
バステトは疲れた声で言いながら、彼女の肩にそっと手を置いた。

二人は再び立ち上がり、薄明かりの中を進み始めた。その影が森に吸い込まれるように消えていくまで、静寂だけが彼女たちを取り巻いていた。

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